理系院卒のネットワークなブログ

意外なところに「つながり」ってありますよね

修論発表会で理系院生は二度死ぬ

 先日、修士論文の発表会がありました。

地獄一幕目 異種格闘技戦

 修論の発表会では他の研究室の先生が大学院生の発表を審査します。僕の専攻では発表15分、質疑応答10分の時間がそれぞれの学生に割り当てられます。学部4年で研究室に入ってから今まで国際学会で4回、国内学会で5回の口頭発表を経験してきましたが、こうした学内の発表には学会とは違った怖さがあります。

 審査員として参加される他の研究室の先生は、当然様々な分野を研究しています。学会発表と大きく違う点は、聴衆がバッググラウンドを共有していないので基礎から説明をする必要があるということ、及び個々の説明についても専門用語をなるべく排した説明が求められることです。苦労することではありますが、こちらも何度も研究発表を繰り返してきていますから、そこまで難しいことではありません。

 修論発表会は、15分の自分の発表のターンは難なく終わるのです。恐ろしいのはその後の質疑応答の時間です。

「それでは、本発表に関してご質疑、ご討論ある方は挙手をお願いします」

 座長という名のレフェリーが、「ファイト」の掛け声をかけるかのように高らかと試合開始を宣言します。僕ら院生は、たったひとりで居並ぶ強敵たちを相手にしなければなりません。審査員の先生方は、各分野で華々しい成果を上げて大学教授のポストまで登り詰めた怪物たちです。ボクサーや柔道家、相撲取りまでが参戦するこのリングはまさに異種格闘技戦。彼らの猛烈なラッシュを耐え続けなければなりません。

「この分野に詳しくないので的外れかもしれませんが」

 ひとりのファイターが攻撃を開始します。的外れな易しい質問がくるぞと期待をする挑戦者は、油断していると一気に距離を詰められ必殺の質問でグロッキーになります。彼らは畑違いの研究にも関わらず、挑戦者の研究の本質を瞬時に見極め、ここが急所だと言わんばかりの的確な攻撃を繰り出してきます。想定されうる質問に対しては綿密に準備をしておかなければなりません。ヘッドを守るためにきちんとガードを上げておく必要があるのです。

「ちょっとよくわかっていないので教えて欲しいのですが」

 こういう前置きは大抵牽制です。すべては理解していなくとも、突かれて痛いところを見分ける眼力を先生方は持っています。油断大敵です。

「前提がそもそもおかしいと思うのですが」

 先生同士の仲が悪かったり、そもそも業界の相性が良くなくて意地悪な質問をしてくる先生さえいます。大学教授はいい意味でも悪い意味でも変な人がたまにいるのです。火を付けてはいけない人が暴れ出したらもう大変です。正直言ってどうしようもないのですが、その危険人物が食いつくポイントが分かっているなら外すことが大事です。特定の言葉に反応するなら使わないように発表する、などです。

 質疑応答の10分はとても長く感じます。度重なる痛撃に気絶寸前の挑戦者。鳴り響く発表時間終了のベルは、試合終了のゴングかはたまたノックアウトのゴングか。しかし座長が終わりを告げれば、発表者は開放されるのです。ズタボロになった挑戦者は、自分の研究室に引き上げていきます。

地獄二幕目 傷口に塩

 審査員にボコボコにされたとしても、発表が終わってしまえばこれ以上の追撃はありません。安堵を引き連れて帰還した挑戦者。さあ今日は早く帰ろうと帰り支度を始めた瞬間、まさかの地獄の二幕目が開きます。

 修論発表会には当然自分の研究室の先生も出席しています。僕らのふがいないリングでの戦いを見た先生たちは、研究室に帰ってくるとダメ出しに入ります。

「あの答えは厳密に言うと間違っているよね」

 審査員の攻撃をいなすために必死だった僕らは、専門家の目からみたら明らかに間違った回答をしてしまうことだってあります。焦ると冷静な判断力を失ってしまうじゃないですか。「ST○P細胞はあるのか」と審査員に聞かれたので「ST○P細胞はありまあす」と答えたら研究室に帰ってきて「あるわけないだろ」と怒られるような感じです。もう発表会は終わったのだからいいじゃないかと心のなかで叫ぶ僕らを、研究室の先生はいたぶります。おそらく良かれと思ってアドバイスをくださったのだとは思いますが。

「あんなふうに答えたら誤解されてしまうよ」

 先生たちの指摘は続きます。先ほどの戦いで負った傷跡にたっぷりの塩を塗りこむかのように。わかってるんですよ、僕らだって。あんまり上手く答えられなくて、審査員の先生が納得してなかったことぐらい。ぐすん。

 こうして、2回も業火に焼かれて無機物になった院生は、質疑応答の難しさをその身に刻みつけ、研究を終えるための引き継ぎ作業に励むことになります。アーメン。

 

 

その他、理系の大学院生について書いたこと。

いろんな研究室がありますよね、という話。 

 

休日も研究室に通う院生の生態。

 

研究室の先生と就活時の距離の取り方。 

 

 

 

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