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理系院卒のネットワークなブログ

意外なところに「つながり」ってありますよね

【映画評】期待と希望を繋ぐ ローグ・ワン/スターウォーズストーリー

映画

 ローグ・ワンスターウォーズストーリーを見てきました。大好きなスターウォーズシリーズですので、感想を書いておこうと思います。

 総評をネタバレなしで書いてみると、スターウォーズシリーズ全体のストーリーに破たんを起こすことなく、時系列的に次に控えるエピソード4への期待・希望をにじませつつ、一本の映画としてきちんとまとめあげるという綱渡りをやってのけた作品だと僕は思います。

 

 

 

 

 

 

 ネタバレをしながら詳しく感想を書きますので、気にする方はバックしてください。

 

 

 

 

 

 

 本作で気になった要素は4つあります。「なぜエピソード3とエピソード4の間だったか」「ジェダイのいないスターウォーズ」「反乱軍の葛藤」「そして誰もいなくなった」。この4点について考えたことをいろいろと書いていきます。

なぜエピソード3とエピソード4の間だったか

 まずは本作の立ち位置について。この映画は、物語中の時系列で言うとエピソード3とエピソード4の間のストーリーを描いています。エピソード4が起きる直前と言っても良いですね。

 スターウォーズシリーズは各作品の間に当たる時間に何が起きたのかも膨大な資料によって詳細に設定されています。エピソード3とエピソード4の間ではなくとも、ローグワンのような派生作品を作ることは可能なはずです。

 数ある選択肢の中からここを選んだのはやはりエピソード4がシリーズ最初の作品であるということに関係があるのではないかと思います。1977年の公開から時間が経過し、エピソード4を知らない人たちが増えてきました。あの作品こそスターウォーズシリーズの原点であって、今後公開されていくエピソード8や9の下敷きにもなっていることは間違いなく、何かきっかけを作ることでエピソード4を、もっと言えばエピソード4,5,6を見てほしかったというのが、ローグワン公開の狙いの1つにあるのではないかと思いました。

 メインシリーズから派生した作品というのはどうしてもファン向けになりがちです。しかし、良い派生作品を作れば、スターウォーズとディズニーの圧倒的知名度も相まって、多くの新規層をスターウォーズシリーズの沼に引きずり込むことができるのではないか。そう考えたスタッフがいても不思議ではないかなと思いました。

 ただ、最も古い作品に直結する最新作を作るというのは非常に難しいことです。俳優さんを再登場させることができませんし、撮影技術やCGのレベルも違います。最新作のエピソード7に繋がる話の方が断然作りやすかったでしょう。でも、あえてここを狙ってくる。そこがカッコいいなと思いました。

 エピソード4と同じキャラはCGで出演していました。本物の俳優さんと並んでもほとんど違和感がなく、技術の進歩に驚かされました。この技術に確信を持てたからこそ、この企画が動き出したのかもしれませんね。

ジェダイのいないスターウォーズ

 ローグワンの「Rogue」というのはならず者という意味です。ジェダイのような正統派ヒーローではなく、少し曲がった部分もある人物たちが活躍する物語。派生作品にはよくある設定ですが、これが吉と出るか凶と出るかは賭けだったのではないでしょうか。

 スターウォーズスターウォーズたらしめる要素の1つがジェダイの存在です。フォースの力を駆使したジェダイの戦闘シーンはスターウォーズシリーズの大きな見どころであると同時に、力に溺れてしまうと暗黒面に落ちてしまうという危うさもストーリーを引き立てる要素です。

 しかし、この作品にはジェダイの騎士がひとりも出てきません。時系列を遡って、エピソード1とエピソード2の間などにしておけば違和感なく新キャラのジェダイを登場させられたのだと思いますが、ローグワンはそもそもジェダイがほとんど残っていない時代のお話になっています。

 ジェダイがいないことによって、映画としてのわかりやすい見栄えの良さが失われることは否定できません。正義側のジェダイの騎士と、悪役側のシスの騎士がライトセーバーでチャンバラをするのがこのシリーズのアイデンティティと言っても過言ではないはずです。そのシーンをどうあがいても作ることができません。

 映画の見栄えとは別に、観客の物語の理解度にも影響してくるでしょう。今作の登場人物はきっと、「こんなときにジェダイがいれば…」と心の中で何度も思ったはずなのです。長年のスターウォーズファンはその気持ちを自然に感じ取って共感することができます。ジェダイのいない絶望感。しかし、それを新規層に伝えるすべは、この作品の中にはないように思えました。

 1つフックになるとすれば盲目の戦士チアルートの存在でしょうか。彼の初回の戦闘シーンでは度肝を抜かれました。目が見えていないのにあそこまで強いだなんて、さてはフォースの使い手かと思わされましたが、どうやら違う様子。フォースの存在を信じ、ジェダイにあこがれているだけのただの人間が、あんなに強い。であれば、フォースを使うこなずジェダイは一体どれだけ強いのだろう。彼の強さは間接的にジェダイの強さを物語っているのかなと思いました。

 だから、新規のお客さんに与えることができるのは期待だけだと思うのです。ジェダイはきっと強いのだろう、という期待。

 また、フォースがいかに強い力であるかということも、中盤でダースベイダーが見せてくれるだけでした。フォースって一体なんなの?という疑問が沸いてもおかしくありません。

 それに加えて、今作はフォースを使う人がいないにも関わらず、「ただの一般人がフォースの力を信じている」という旨の描写が多かったように思います。半分はチルアートがぶつぶつ言っていたせいなのですが、主人公のジンがローグワンに乗り込んだ団員にかける「フォースとともにあらんことを」は印象的なカットでしたし、反乱軍の管内アナウンスでもわざわざ最後に同じセリフを付け加えたりしていました。フォースの力がよくわからないのにも関わらず、やたらとフォースが存在感を帯びているわけです。

 ジェダイへの期待。フォースとは何かという疑問。新規層がそれらの受け皿を求めて、本編のシリーズを見てくれることになれば、ジェダイを出さなかったことがプラスに働きます。さて、新規層にはジェダイやフォースがどのように映ったでしょうか。

反乱軍の葛藤

 エピソード4,5,6を通して、ただの正義の味方としか描かれてこなかった反乱軍の面々。しかし今作でジンと行動を共にするキャシアン・アンドーは後ろ暗い任務を専門にしているような描写がいくつかありました。また、ローグワンに乗り込む反乱軍のメンバーも、スパイなどの汚れ仕事を担当していると言っていました。

 この設定は僕にとってはなかなか新鮮でした。戦争なのだからそういう裏の仕事が必要なのは考えてみれば当たり前なのですが、反乱軍はいつも真正面から馬鹿正直に戦いを挑んでいるのだという思い込みがあったのです。

 そしてそのような汚れ仕事を黙々とこなすキャシアンを、奇異な目で見つめるジンという構図もなかなか面白かったです。結局最後は反乱軍の正義を理解してくれるに至るのですが、「命じられたまま任務をこなすなんてトルーパーと一緒じゃない?」みたいな質問をキャシアンにぶつけた場面は印象的でした。反乱軍のために身を粉にして働いてきたつもりが、思考停止のトルーパーと同じだなんて言われたのだから、キャシアンは相当頭にきたでしょうね。この二人は仲良くなれるのかななんて心配しました。

 このトルーパー発言を聞くと、どうしてもエピソード7の展開を思い出さざるを得ませんでした。トルーパーとしての役目に疑問を感じて組織を裏切りレジスタンスの一因になったフィンは、命じられたまま任務をこなす存在ではありませんでした。単なる偶然かもしれませんが、最新作へのフックを狙って入れているのならすごいなあと思うばかりです。

 1人の人間としての反乱軍メンバーの葛藤とは別に、1つの組織としての葛藤が垣間見えるストーリーでもありました。このシリーズで度々描かれていることだと思いますが、民主主義を原則とする共和政は、時に何も決められない衆愚政治に陥ってしまいます。今作でも、ジンの証言だけを頼りにデススターの設計図強奪計画には賛成できないとする議員の存在により、評議会は紛糾。キャシアンたちが勝手に行動を起こすことになりました。

 これはもう、仕方のないことなのだと、諦めの匂いを僕は感じました。民主的に何かを決めようとすると、どうしてもこのような衝突は起こります。それが嫌ならば帝国のように上司からの命令は絶対、というシステムにするしかありません。余計な会議の必要がないので迅速に行動を起こせるとともに、恐怖による支配で高いコミットメントを要求できる素晴らしいシステムです。上司が優秀である限り、こちらの方が戦争には強い組織であることは間違いがありません。

 それでもなお民主主義を愛し、帝国のやり方に立ち向かいたいならば、勇気ある個々人が立ち上がるしかないのだと、この物語は言っているように思えます。たとえジェダイではなくても、勇気をもって行動を起こすことでしか現状は変わりません。

 個々人の葛藤と、組織としての葛藤をはらみながらも、反乱軍は民主的な正義を追い求める。危うげな儚さを感じてしまいます。

そして誰もいなくなった

 今作は主人公チームが全員死んでしまうというのも印象的でした。バッドエンドというわけではないのですが、こういう悲惨さを嫌うお客さんは一定数いることはわかっていたはずです。どういういきさつでこのようなラストにすることが決定したのかが気になりました。

 ファン目線で見ると、エピソード4との整合性をとったのかなという考えが浮かびます。この戦いで生き残った人物がもしいたなら、エピソード4でのデススター撃破の立役者として英雄視されているはずです。しかしエピソード4にはそのような描写は一切出てこないため、少し引っ掛かりを感じる部分になります。全員が亡くなってしまったのだとしたら、適当な表現ではないかもしれませんが、おさまりがよくなります。

 無名の戦士の尊い犠牲、という概念がそもそも美しいのだという考え方もあるのかもしれません。ジェダイの騎士が光だとすれば、ローグワンのチームは陰。対照的であればあるほど、どちらも存在感を増します。スターウォーズシリーズ全体を見渡す視点に立ったとき、鮮やかな陰影が見て取れる気がします。

 一本の映画としても、胸をうつものがあります。ビーチでジンとキャシアンが抱き合いながら、デススターの爆風に飲まれるシーン。ため息をついてしまいそうなほど、美しいと感じました。単純に映画としての完成度を最大化しようとしたとき、彼らが助からなかった方が良かったのかもしれません。

 そして、彼らが全員亡くなってしまったからこそ、一番最後のレイア姫のシーンが印象的になります。デススターの設計図が入ったディスクを受け取り、「これは希望です」と答えるその顔は、明るさに満ち溢れていました。多くの人命を犠牲にしてあの小さなディスクが彼女の手元に渡ったわけですが、当の本人は何も知らないかのようにほほ笑むのです。

 反乱軍は希望を糧に戦うという表現が印象付けられていましたが、レイア姫があの表情をするほどの希望があの手には握られているということになります。登場人物は全員亡くなったのになぜあのような笑みが出るのか、という違和感を感じるほど。だからこそ、いったいエピソード4では何が起きるのだと気になってしまう人もいるでしょう。

 こうして書いてみると、作品全体を通してエピソード4への期待や希望を繋ぐ作品になっているのだなと思いますね。

終わりに

 制作陣のインタビューなどは一切見ていないので、たぶん全く的外れなことも書いてきたと思います。単に映画だけを見て、僕が妄想したことを書きなぐりました。派生作品ですら、こんなにいろいろと考える余地を与えてくれるこのシリーズはやはり偉大だなと思いました。今後もこのような派生作品を撮ってくれると嬉しいですね。

 

エピソード7を見たときも同じように感想を書きました。

 

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー  オリジナル・サウンドトラック

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー オリジナル・サウンドトラック

 

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