理系院卒のネットワークなブログ

意外なところに「つながり」ってありますよね

ベトナムのぬいぐるみ工場を視察してきました

 僕は現在ゲーム会社でグッズ制作の仕事をしています。自分の企画した商品を作ってもらっているぬいぐるみ工場を視察することになり、ハノイホーチミンに出張に行ってきました。

 印象に残っているのは工場のラインで働く工員さんたちの姿です。劣悪な環境で単純労働をさせられている悲惨な姿を見ることになるのかもしれないと不安だったのですが、全くそんなことはなく、むしろ僕よりも幸福度の高い生活を送っているのではないかと感じてとてもびっくりしました。

 

 東京からハノイ空港に飛びました。日本からは6時間ほど。東南アジアに行くのは初めてだったのですが、意外と時間がかかるものですね。ハノイ空港はなかなか近代的な空港でした。

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 工場へ向かう

 この日はそのままホテルに直行し、翌朝工場へ向かいます。

 噂では聞いていたのですが、バイクの多さには本当に驚きました。バイクの川の中を車が泳いでいるような感覚でした。運転の難易度がとても高く、車はつねにクラクションを鳴らして、バイクに自分の位置を教えてあげていました。やはり事故はかなり多いようで、滞在中に事故現場に遭遇することもありました。

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 バイクに乗っている人が全員車に乗り換えたら、渋滞どころの騒ぎではないでしょう。バイクは効率的なんだなと思いました。

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 中学生ぐらいの若者。おそらく通学中なのだと思います。遠くから通っているのでしょうね。

 

 工場はハノイ市街から2時間ほど車で移動した田舎にあります。

 田園の中を車で突き進んでいきます。ハノイ市街には韓国系の企業が多く進出していて、日本の都市でみるのと変わらない光景が広がっていました。しかし、田舎に入ってくるとどんどん様子が変わっていきます。

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 高層ビルなど1つもなく、道路沿には屋台のような商店が立ち並びます。日本の田舎とは全然違う、別世界の風景。車から降りなかったのできちんと写真が撮れなかったのが残念なのですが、まるで映画やアニメの世界に迷い込んだような感覚でした。車の中からシャッターを切りまくっていました。生活で必要なものをお互いが融通しあうことで回っている経済。資本主義にはまだ侵略されていない姿でした。

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 スコールの直後の街。大量の荷物をバイクで運ぶ姿が本当にたくましい。

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工場を見学する

 工場に到着し、実際に稼働中のラインを見学させてもらいました。企業秘密なので写真はなしです。

 製造業の現場はIT化やロボット化が進み、かつてのようにたくさんの工員が働く現場ではなくなっていると聞きます。しかし、ぬいぐるみはオートメーションに向いていません。縫う箇所が商品によって全然違っており、1種につき多くても数万個の単位しか量産しないからです。

 なのでぬいぐるみ工場のメインの部分は、何百台というミシンに向き合う何百人もの工員さんが、手作業でぬいぐるみを作っているところです。生地から型紙通りに部品を抜き出し、その布を縫い合わせ、綿を詰めていきます。

 話には聞いていましたが、実際に自分の目で見るのは初めてでした。自分が普段仕事のなかで、「こんなぬいぐるみを作りたい」をメーカーに依頼をかけたものは、こうやって1つ1つ手作業で作られているのだと。

 遠い異国の地で、このキャラクターが何者なのか知らないであろう工員さんたちが、僕の企画した商品を作っている。ぬいぐるみ生産において、もっとも気を付けねばならないのは折れたミシン針の混入です。工員さんたちは細心の注意を払いつつ、効率的にぬいぐるみを仕上げていました。工場とはそのようなものであるとはいえ、畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。

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 2000名の工員さんがみんな原付バイクで出勤するので、駐車スペースが圧巻の見応えでした。

 ベトナム発展途上国にカテゴライズされるのかは知りませんが、東南アジアの工場の現場と聞くと、劣悪な環境で働かされている人々というイメージがどうしてもついて回りました。しかし実際に工場の様子を見てみると、そのイメージは払しょくされました。

 工場のなかはいたって清潔。工員さんたちは完璧にマニュアル化された業務を淡々とこなしていました。休憩時間もしっかりきまっており、お昼ご飯を食べるとお昼寝タイムがありました。残業がないように製造スケジュールが管理されているので、夕方には家路につきます。

 欧米の企業を中心に、CSRの一環として工場の労働環境の改善を図る動きが盛んになっています。ぬいぐるみ業界においても、D社という絶対的なトップ企業がありますから、D社の仕事を受けている工場は徹底されている印象でした。

 もちろん、僕が見に行った工場が恵まれているだけで、ひどい工場はいくらでもあるのかもしれません。少なくとも、視察した工場の工員さんたちは、割と楽しそうに働いていたのが印象的でした。

 ど田舎なので、工場の周りには民家しかありません。工員さんたちは陽が昇るとともに起き出して原付バイクで工場に出勤し、陽が沈む前に家に帰るのです。街頭があまりないので、夜は真っ暗。家でゆっくり過ごすのでしょう。上で書いたように自給自足に近い経済のサイクルですので、ご近所さんと協力しながら日々生活をしているのだと思います。

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水路でものを運搬する人々。

 

 それに比べて僕の暮らしはどうでしょうか。朝から満員電車に詰め込まれ、深夜まで働き詰め。仕事は人間関係のトラブルやお偉いさんに気を使いっぱなしのストレスフルなもの。ベトナムの工員さんたちの方がよっぽど人間的な暮らしをしているのではないかと思いました。

 もちろん、工員さんたちは経済的に貧しいです。先進国ほど文明の利器も活用することなく、あの村から出ることなく一生を終える人も多いのだと思います。日本は経済的に豊かな国です。僕が仕事の一環として飛行機でベトナムに行かせてもらえるぐらいです。しかし、この経済的豊かさが、1人1人の幸福につながっているのかは疑問だなと思いました。

 「世界一周旅行を経て価値観が変わった」「旅行程度で価値観が変わるなんてダサい」みたいな議論をたびたびネットで見ますが、ぬいぐるみ工場は自分の仕事にダイレクトで繋がっている分、考えさせられることが多かったです。いまの自分の働き方を今後40年も続けるつもりなのか、考えねばいけないなと思いました。

ご飯とか

 ここからは余談ですが、ベトナムは料理が日本人の好みに近くて良かったです。アメリカ出張では食べきれないほど大きなステーキが出てくるので。

 フォーです。優しい味わいで、麺もつるっとして本当に美味しかったです。出張中何度か食べましたがハズレがないですね。

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 生春巻きと揚げ春巻き。生の方はパクチーたっぷりなので、パクチーが苦手な方は苦労するかもです。いろいろな料理にパクチーが入っているので、好きな方にはたまらないでしょうね。

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 バインセオというお好み焼きのような食べ物。屋台の料理だそうです。右下のライスペーパーに巻いて食べます。こちらも癖のない味わいでした。

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 こちらは視察も兼ねて訪れたHoàng Thành Saigon Squareというマーケット。大量の偽ブランド品が所狭しと売られていました。昔は中国でこのような偽ブランドの取引が盛んでしたが、取り締まりが厳しくなってきたので、いまはベトナムの方が盛んなのではと現地の人は言っていました。

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余談終わり。楽しくて考えさせられる旅でした。

 

 

 海外の旅行記を書いたのは久しぶりでした。出張でアメリカに行っても書くことがないので。。。

 

 

 

 

祖父が亡くなりました

  先日、僕の祖父が亡くなりました。気持ちの整理をつけるために、ここ数日で起きたことを覚えておくために、そして祖父との思い出を記録しておくために、文章を書き残しておきたいと思います。

 

 死因はガンでした。ガンが見つかったのは2年ぐらい前だったと思います。タバコが好きな人でした。タバコを吸う人がよくかかる部位のガンでした。祖父はタバコをやめて、手術をして、ガンはすべて摘出されました。

 しかしガンは転移していました。手術で弱った祖父の体力では、二度目の治療を行うことができず、ゆっくりとガンが体を蝕んでいくのを見守ることになりました。

 

 たまたま友人の結婚式に出席するために実家に帰ったついでに、近所にある祖父の家に顔を出したときのことがあります。祖父は弱っていました。消化器系にガンが転移したということで、気分がすぐれず、食事を全く食べられなくなっていました。

 僕にとって肉親が病に倒れたのは初めてだったので、その姿を見てとてもショックを受けました。人が死に向かっている。自分は何もすることができない。励まし方すらわからなくて、祖母と母が世話をするなかで立ちすくんでいました。自分が情けないのか、弱った祖父を見るのが悲しいのか、涙が出そうになりました。

 祖父は仕事を頑張れと励ましてくれました。いま思えば、なぜ自分の方が励まされていたのでしょう。辛いのは祖父の方だったはずなのに。

 

 数か月後、祖父がいよいよ危ないので週末に一度実家に帰ってくるように母から連絡がありました。土曜日の午前中に用事があって、それが終わってから新幹線に乗りました。

 祖父は病院のベッドで寝ていました。祖父の家の近くにある、あまり大きくない病院の、小さな個室でした。窓からは病院のベランダが見えました。洗濯物が干せるようになっていました。

 結婚式のときに会ったときよりも、祖父はさらに弱っていました。見た目が衰弱するのは、ある意味当然のことなのでそこまでショックではなかったのですが、祖父は声を出せなくなってしまっていました。僕が見舞いに来る1日前までは、普通にしゃべることができていたそうです。致命的な遅刻でした。

 声帯を震わせて発声するエネルギーがなくなってしまったようでした。口を開けて、息をひゅーひゅー言わせながら、しゃべりかけようとしてくれたのですが、何を言っているのか誰にも分りませんでした。

 意識はしっかりしていて、耳の機能は衰えていませんでした。こちらの話は理解してくれて、首を縦に振ったり横に振ったりしてくれるのに、祖父の伝えたいことはほとんど理解できませんでした。そのことを祖父は非常に悲しんでいるように見えました。簡単に解決できそうな問題なのに、解決することができませんでした。

 祖父の口元に耳を思いっきり近づけて、彼が必死にしゃべりかけてくれるのを「うんうん」言いながら聞いていたのですが、何も分からず、でも祖父は僕のことを認識して笑顔で話しかけてきてくれました。いろんな感情が沸き上がってきて、母と父の前でボロボロと泣いてしまいました。

 

 ノートに文字を書いてもらうことを試しました。起き上がることができなくなっていたので、寝たまま手を上げて文字を書くのはとても辛そうでした。

 渾身の力を振り絞ってくれて、少しだけコミュニケーションが成り立った瞬間もありました。僕が一人暮らしをしているという話を祖父に聞かせていたときのことです。たまには自分で料理を作っているのだと言うと嬉しそうにしていました。祖父の得意料理は何かと聞いたところ、直線を重ねた幾何学模様をノートに書いてくれました。その下に、カタカナで「サカナ」とも。直線は、簡略化した魚の絵でした。

 祖父は釣りが好きでした。父が釣りの話を祖父にすると、祖父は満面の笑みを浮かべました。笑顔を作るのにもエネルギーが必要だったのだと思うのですが、積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれました。

 「あいうえお」を表にして、祖父に指さしをしてもらうことで会話をしようと試みましたが、それはできないようでした。なぜだったのかはわかりません。目があまり見えていなかったのかもしれません。

 

 

 

 日曜日には僕よりもさらに遠くに住んでいる僕の弟も帰ってきました。僕らふたりを見たときの祖父の嬉しそうな顔。土曜日よりも少し元気になったようでした。声は相変わらず出なかったのですが、口の動きともれる吐息で、言わんとしていることがわかるときもありました。僕と弟の名前を呼んでくれたのは、とてもはっきりとわかりました。

 祖父はずっと寝たままの姿勢でいるのが辛いらしく、電動ベッドを持ち上げてほしいというジェスチャーをたびたびしました。ゆっくり時間をかけてベッドを起こしました。上半身が起き上がると咳が出てしまうらしく、非常に辛そうだったのですが、姿勢を変えたかったみたいでした。

 のどが渇いたので水を飲みたいというジェスチャーも何度も見せてくれました。しかし、消化器官が弱り切った祖父は水を飲ませてはいけないと看護師さんに言われていて、ジェスチャーをするたびに、ダメと言わなくてはいけませんでした。祖父はとても悲しそうな顔をしました。ささやかな願いを叶えてあげられず、僕らもとても悲しい気分になって、他のことで祖父の気を紛らわそうと必死になりました。

 月曜日には仕事に戻らなければならないので、その日は早めに東京に戻りました。夜遅くまで付き添うこともできたのですが、弱った祖父を見続けるのは正直言って辛くて、逃げるようにして電車に乗りました。情けない。

 

 

 日曜日の時点では、あと2週間から1か月ほどの余命だろうという話を看護師さんから聞きました。いまは点滴で水分と栄養を補給できているが、そのうち点滴の針が入らなくなってしまう。それがカウントダウンの始まりだと。

 しかし祖父は翌日の月曜日に逝ってしまいました。日曜日と同じように意志の疎通を行っていたのですが、あるとき血圧が急激に低下して、そのまま一気に息を引き取ったとのことでした。母と叔母が付き添っていて、叔母が祖母を呼びにいっている間に、亡くなったとのことです。

 大きく大きく、「ふうーっ」と息を吐き出して、呼吸が止まったと母は言っていました。人が死ぬ瞬間を母は見たと言っていました。そのときに感情をすべて吐き出したので、葬儀のときには比較的落ち着いていられたとも言っていました。

 

 月曜日の夜に訃報を聞きました。上長はすでに帰宅していたので、非常識かなとも思ったのですが取り急ぎメールで一報を入れ、火曜日の通夜に間に合うように仕事の算段をつけました。火曜日の朝一番に慶弔届を出し、水曜日は一日休むための準備をして、新幹線で実家に帰りました。

 家に着いたとき、母と父は全く普段通りの様子でした。しばらくすると弟も帰ってきて、みんなで喪服に着替えて通夜へと向かいました。社会人になりたての僕と弟、そして父がそろって黒いネクタイを締めているのを見て、自分も大人になったものだと場違いな感想を抱いたりしました。

 通夜は親戚だけで小さくとり行われました。祖父の娘である僕の母と叔母が中心となって切り盛りされていました。叔母のこども(僕のいとこ)とも久しぶりに会いました。僕と弟も入れて4人だけの孫です。僕より年下の彼らも喪服に身を包んでいて、時間の流れをまた感じました。

 

 次の日が告別式でした。祖母や母は努めて明るく振る舞っていたのですが、別れの瞬間はみんな涙が抑えられていませんでした。孫である僕らも、祖父が大好きだったので、みんなで泣きました。祖母が口うるさいタイプなので、祖父はどちらかと言えば口数は少ない人だったのですが、寡黙なわけではなく、コミュニケーションを取るのは好きな人でした。

 釣り道具を棺に入れてあげました。向こうにいって、存分に釣りを楽しんでくれているといいなと思います。

 火葬場でお骨を拾って、精進落としの料理を食べて、一通りの葬儀が終わりました。

 

 亡くなる直前にお見舞いに行くことができて、今のところとても大きな後悔があるというわけではありません。ただいろいろもっとああすればよかったということはあります。

 僕が孫の中で最年長なのですが、ひ孫の姿はおろか、お付き合いをしている女性すら見せることができなかったのは1つ心残りになりました。祖母が亡くなる前にはなんとかせねばと思います。

 祖父が亡くなって日が浅いため、まだ実感が湧いていない部分もあるのでしょう。ふとしたときに、祖父がもうこの世にいないことを思い出す瞬間がきて、死という別れの遠さを思い知るのかもしれません。

 死にゆく祖父を見ているのは辛かったのですが、周りの人間にできる最上の貢献は、看取ることなのだと思いました。それがわからず、目を背けてしまったのは良くなかった。仕事を言い訳にして帰らないという選択肢も一瞬浮かんだのですが、それだけはいけないとその選択肢が自分の中ですぐに消えたのは、良かったことだと思います。

 自分の両親を見送るとき、そして自分が見送られる側になるとき、自分に家族がいることはとても大事だなと思いました。生涯の伴侶を見つけなければという想いが強くなりました。

 また何か書くと思いますが、とりあえず今日吐き出せるのはここまで。終わり。 

 

 

今更ボカロにハマったことがとても嬉しいという話

 年齢を重ねれば重ねるほど、新しいものにハマらなくなり、自分の趣味の幅が広がらなくなるという話をよく聞きます。

 特に音楽に関しては、中学生・高校生ぐらいのときに聞いていたものが自分の中でのスタンダードになり、新しいジャンルにどっぷりハマることはないらしいです(要出典)。それで言うと僕の中でのスタンダードはRADWIMPSであり、BUMP OF CHICKENであり、Mr. Childrenである、ということになります。

 しかし最近、ボーカロイドを使用した楽曲にハマり、好んで聞くようになりました。自分の中に起きた突然のこの変化に、自分のことながらとても驚いています。

 もともとボカロに対してはあまり良いイメージを持っていませんでした。感情のない機械の音声、難解なだけの言葉を連ねた意味不明な歌詞、初音ミクの熱狂的なファン…。

 そのような状態から変化が起きたことが我ながらとても嬉しく、ブログに書いてみたくなりました。

 


【IA】アスノヨゾラ哨戒班【オリジナル】

今一番好きな曲。Orangestar氏のアスノヨゾラ哨戒班。IA(いあ)というソフトを使っています。独特の電子音で作られた疾走感、想うがままに揺さぶられる緩急の付け方、ボカロの澄んだ高音が見事に調和した一曲です。

 

なぜ急にボカロなのか

 音楽を聞く環境の変化、音楽に求めるものの変化が大きな要因だと考えています。

 社会人になって、周りの人が会話をしていたり、電話をしたりしている中で、集中して仕事をしなくてはいけない環境に置かれるようになりました。大学院時代は静かな研究室で黙々と研究に打ち込めていたのですが、職場にそのような場所はありません。

 イヤフォンをつけて音楽を聞きながら仕事をするという対応策を試していましたのですが、普通のJ-POPや洋楽では音楽に気を取られてしまい、思うように集中できませんでした。そこでたまたまボカロ楽曲を聞いた時に、「これは求めていた”答え”では?」とビビっときたのです。

 感情をこめて歌手が放つ歌声は、どうしても僕の感情を揺さぶるパワーがあります。感情を込めて悲しい曲を歌われると、心がざわざわしていまい、集中力が低下してしまいます。しかしボーカロイドの機械音声には、良い意味で感情が込められていません。すーっと耳を通り過ぎていきます。ボカロの良さであり、逆に歌手のすごさを思い知ることにもなりました。

 バンドミュージックをイヤフォンで聞くと、ギターが聞こえ、それを支えるベースが重なり、ドラムのビートが響くわけですが、ボカロはすべてが調和して1つになっているように聞こえるので、受け取る側の自分の中の処理が軽い感じがするのです。脳みそのCPUをあまり使わずに、音楽を認識しているイメージ。バンドミュージックを否定しているのではなく、ボカロがもともと1つの音源だからだと思います。(詳しくないので違うかもしれません。あくまでイメージです)

 仕事が忙しくて疲弊しているときは、カフェで流れているようなピアノミュージックなどを聞くこともあるのですが、普段はボカロの方が元気をもらえて、ノリノリで仕事をこなせます。

 


METEOR / DIVELA feat.初音ミク

とにかくノリノリで元気になれる曲です。2018年のマジカルミライという初音ミクのイベントで、楽曲コンテストのグランプリに輝きました。

 

 


Alice in 冷凍庫 / feat.IA

冒頭で紹介したOrangestar氏の作品で、こちらも大好きな曲です。ボカロならではの息継ぎなしの超連続歌唱と、ラストの超高音ボイスがくせになります。単調に聞こえるのに、なぜか頭から離れません。

 

 

新しいものを求め続けよう

この文章を書こうと思ったきっかけの1つに、聞いていたボカロのコメント欄で、とある投稿を見つけたからです。

 


【Miku Hatsune】SPiCa【VOCALOID 初音ミクPV】

 

この曲についてるコメントの中で、1番高評価のコメント。

「昔の方が良かった」とか「懐古厨嫌い」とか言い争われてるコンテンツあるけど、ボカロに関しては昔の方が良かったと言わざるを得ない

そして2番目。

新しいボカロより昔のSPiCaとかメルトの時代の方が良かったなぁ

 

 ボカロを日常的に聞いている人なので、それなりに若い人が書いたコメントだとは思うのですが、まさに「老害」という言葉がぴったりのコメントではありませんか。こういう考えに囚われてしまう気持ちは良く理解できるのですが、それを思わずコメントしてしまう人がいて、さらにこのコメントが高評価を受けている。その事実に突き動かされ、キーボードを叩いています。

 このSPiCaも、コメントの中にあるメルトという楽曲も、どちらも素晴らしい楽曲で、僕も大好きです。そこを否定するつもりは全くありません。でも、この曲たちも胸に抱き続けたまま、僕は前を向いて手探りで歩いていきたいと思っています。もっともっと良い曲をたくさん探していきたいなと思っています。

 昔は良かったという感情は幻想です。時間が経つにつれて思い出が美化されたこと、そして少年時代の楽しい記憶がくっついて、自分で自分をだましているだけです。常に新しいものを追い求め、受け入れていける人間になりたいと思いました。その一環として、ボカロにハマれたことがとても嬉しかったのです。

 

 

 そういえばイカ語で歌うアイドルのライブに行ったこともありました。

 

 

Orangestar氏のアルバムです。音楽活動を停止しているみたいですが、いつか復活してくれることを祈っています。 

未完成エイトビーツ

未完成エイトビーツ

 

 

ソシャゲのオート周回機能から未来が垣間見える

周回ゲームというフォーマットがソシャゲによく導入されます。”同じステージを何度も繰り返しプレイさせる動機を用意したゲーム”とでも定義されるでしょうか。ソシャゲ特有のスタミナ制度ととても相性が良く、細切れの時間に遊ばせることができるのでぴったりのシステムです。(もちろんソシャゲでないゲームにも取り入れられていることは多々あります)

 

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 最近僕が面白いなと思ったのは、(数年前から出ているのですが)オート周回機能がついたソシャゲをたくさん目にするようになったことです。オート周回している間、プレイヤーはほとんど操作をしません。もはやこれはゲームなのかと思ってしまうのですが、じっくり考えてみるとこれも立派なゲームなのだなと思いました。それが今回のトピックの1つ。

 そしてオート機能は徐々に高度なAIが搭載されていくと予想していて、AIとの付き合い方を考える材料になりそうだなと思ったのが2つ目のトピックです。(AIは意味が広い言葉なので適切な用法かは自信がないですが)

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 Brown Dustというゲームの周回補助機能。

 

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 一口に周回ゲームといっても、ソシャゲにはいろいろなジャンルがあります。例えばシューティングゲームアズールレーン

 アズールレーンでは自機を勝手に動かしてくれるオート機能があります。コンピュータが操作を代行してくれるのですが、人が普段行っているように、敵の位置から敵弾の起動を予測するような操作はしてくれません。敵の攻撃を避けるときもありますが逆に当たりにいくこともあります。一定時間ごとに使える強力な攻撃は、チャージがたまった瞬間に発射するという雑な設定になっています。

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 端的に言ってオートは下手くそです。しかしプレイヤーたちはオート機能と上手く付き合っています。その付き合い方が、実はけっこう未来的な事象なのではと思いました。

 第一に、オート機能の特性を理解してお膳立てをしてあげるという視点が生まれることが新しいなと思います。アズールレーンで言えば、オート周回用の装備を選ぶのです。追尾弾を装備すれば、狙いを付けるのが下手なオート操作中でも弾がヒットしやすくなります。自機は勝手に相手の弾に当たりにいってしまうことがあるため、スピードを速くするのはあまり効果的ではありません。それよりも、被弾してしまうことを前提にして防御力を高めるのが良いという発想になります。

 上記をカッコよく解釈すると、オート機能を司っているシステム(まだAIと呼べない代物なのでシステムとしておきます)を理解し、使いこなすという考え方が必要だということになります。いかにシステムを飼いならして周回を快適に行うか、という点が1つの立派なゲーム性になっていて、既存のゲームにはない新しい要素に見えるのです。

 第二に、そもそもプレイヤーはオート機能に周回をさせるか自分で操作するかを選ぶことができます。ロボットに仕事を任せるか、自分で手を下すかの判断をするわけです。システムの能力を正しく理解し、任せられることと任せられないことの見極めを行う必要があります。

 オート機能を使っている間、プレイヤーは他のことに時間を使えます。そのシステムをどのぐらい監督しておく必要があるかは、ゲームの性質やシステムの性能によって変わります。そういう見極めを行うというのも、今までにない新しい要素だなと捉えています。

 

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 AIがこれからどんどん身近になってくるでしょう。AIとの上手な付き合い方を身に着けておくべき時代になると僕は思います。AIのお膳立てをしてあげるという視点、AIに任せられる仕事を見極めるという視点は重要なものになるはずです。(もっとAIらしいオート機能があるゲームを僕がプレイできていれば、わかりやすい例を提示できたなあと思います。。。)

 AIは得体のしれないものではありません。ベースになっている機械学習の仕組みを知っていれば、意外と単純な原則のもとに動いているシステムだということがわかります。私は情報系の専攻だったので大学で勉強したのですが、多くの人はそうではないと思います。そこで、ゲームが貢献できる余地があるのかなと思いました。

 ゲームの中ではすでにシステムとして出来上がったAIのようなものに触れるわけで、仕組みに意識が向くわけではありません。しかしアズールレーンの例のように、実際の挙動に触れながらAIの得意不得意を掴むきっかけにできるのではないかと僕は思っています。

 幼少期からソシャゲに触れてきた次世代の人たちは、僕らとは違う感覚を持っているのかもしれません。とても面白い時代だなと思います。

 

 

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 ゲームが作っていく未来という意味ではこのへんも合わせてどうぞ。

 

 

実践フェーズに突入 最強のAI活用術

実践フェーズに突入 最強のAI活用術

 

 

【原作の良さ全開】映画評:ペンギン・ハイウェイ

 原作がすごく好きだったので気になっていた映画でした。予告編を見たときに、すごく映像がキレイで期待できそうだと感じたので見に行くことにしました。カナダ・モントリオールの第22回ファンタジア国際映画祭にて、最優秀アニメーション賞にあたる今敏賞(長編部門)を獲得したことも、映画館へ足を運ぼうと決意した一因になりました。

 期待を裏切らない素敵な映画に仕上がっていて、見に行って良かったなと思います。原作の良い所を存分に活かした内容に終始ニヤニヤしっぱなしでした。映像は美しく、ストーリーも原作に忠実にまとまっていました。

 もともと謎がすっきり片付くお話ではないため、「君の名は」のような大ヒットにはならなさそうだなと思っているのですが、見に行って後悔はない映画だと思います。

 

 

 

 

 

以降ネタバレします。

 

 

 

 

 

この映画の好きなところ

1.アオヤマ君とお姉さんの人物造形

 原作者の森見登美彦さんといえば、「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」など京都を舞台に、ちょっと変な登場人物と、独特の言葉遣いを用いて不思議な世界を描く作家さんというイメージをもともと持っていました。ペンギンハイウェイの原作を読んだとき、それらと全然違う舞台とテーマでありながら、登場人物と言葉遣いはやはり独特で、一瞬で引き込まれたのを覚えています。

 特にこの作品では、主人公のアオヤマ君がちょっと変わった男の子であるということがキモで、彼を雑に扱うとイヤミな天狗少年が主人公というイライラする映画になってしまいます。逆に、彼のキャラクターを丸くしすぎると、この作品の根幹が揺らぎます。この絶妙なバランスを、よくぞ見極めてくれたなと思いました。真面目すぎる性格と、あくまで小学4年生なのだという子供っぽさを、見事に両立させた人物像になっています。

 お姉さんの人物造形もすばらしく、普通の人だけど不思議なところがあるという、こちらもバランス感覚が求められるところを見事に描いています。ミステリアス全開というキャラではなく、あっけらかんとしていて表情も豊かで、子供っぽいところもあるけどアオヤマ君に対しては保護者のようなお姉さんっぷりを発揮します。蒼井優さんの演技と声がドはまりしていて惚れます。

2.キャラ同士の関係性

 アオヤマ君とお姉さんの関係は一言で言い表すことができません。

 アオヤマ君はお姉さんのことが好きで、自覚もあるのですが、あくまで小4の恋心なので、大人の恋愛感情とは少し違う未熟さがあります。お姉さんもアオヤマ君のことが好きなのですが、それも恋愛感情とは言えないもの。彼を子供として気遣い、見守る視線を優しく投げかけながらも、大人として尊重していることが伝わるような接し方を心掛けている。甘酸っぱくもあり、温かくもあるこの二人の世界を、見事に描いてくれました。

 アオヤマ君の両親の描き方も素晴らしかったです。研究熱心で、ときに無茶をするアオヤマ君を縛ることはしないし、過度に干渉もしない。アオヤマ君が困っていても、助けを求められるまでは手を差し伸べない。そのくせしっかり彼のことを見ている。息子が「ペンギンハイウェイ」という研究テーマをつけたときに、「いい名前だね」とメッセージを残せる父に僕もなりたいものです。

 ハマモトさんを絡めた三角関係もほほえましいです。ハマモトさんは賢くてけなげでとてもかわいい。お姉さんも、彼女の恋心に気づいていながら、彼女をライバルとして認めているのか、ライバルとしてアオヤマ君の隣は譲ろうとはしません。ほほえましいというのがぴったりな関係でした。

3.実験精神

 アオヤマ君の研究を、くだらない子供の遊びという描き方を一切しないのも好印象でした。理系の大学院を出た人間としてとても嬉しかったです。科学の発展は、アオヤマ君が持っているような純粋な好奇心から生まれてくるはずなのです。

 研究の進捗をノートにきちんとまとめているのも素晴らしい。自分がつけた記録を見返すことで、新しい発見の種が生まれてくる。メモを並べて何度も眺めることで、ある日急にエウレカが起きるというお父さんのアドバイスは、どんなことにも通ずるアイディアの生み方だと思います。

4.絵がキレイでかわいい

 予告の段階でもアピールされていましたが、素晴らしい映像美が堪能できる作品に仕上がっています。夏らしい爽やかな光の表現が印象的です。ただ綺麗なだけではなく、動きのあるシーンの疾走感もお見事でした。

 登場する生き物や小物がいろいろと可愛いのも良かったです。ペンギンのよちよち感が最高でした。

考察のようなもの

 原作を読んだとき、謎が謎のままで終わることに特に違和感はなく、すっきりとした読後感でした。このひと夏の経験を通して、アオヤマ君が成長していく様がとても心に染みたのを覚えています。

 いざ映像化されてみると、考察したくなってしまうのが人間の性なのかなと思いました。以下は僕の想像です。映画以外に根拠はありません。

 アオヤマ君とお父さんが喫茶店で会話していた内容に繋がっているとすると、『海』はこの世の果て(のような異世界)に繋がる穴ということになります。何かのきっかけで穴が空いてしまったようですが、何がきっかけで、なぜこの場所だったのかということはわかりません。

 お姉さんは、『海』を消す使命を帯びている存在です。『海』からエネルギーを得て活動しているため、『海』にトラブルが起きたときの自浄システムのようなものなのかなと思いました。『海』の中の世界に見覚えがあるのは、彼女はそこで形成されたから。『海』がこの世に現れたときに、もともと生きていた人間に憑依したのか、新たな存在として生まれてきたのかはわかりません。

 お姉さんはペンギンを生み出すことで『海』を消します。お姉さんがペンギン好きということで、良い働きをするものが好意的な存在として具現化したのかなと思いました。逆にお姉さんが怖い思いをしていると、彼女が恐れているものが具現化します。停電が起きたときに、頭に思い浮かべていた怖いものの代表であるコウモリが具現化してしまったように。

 そして、お姉さんが一番恐れているのが、『海』が消えて、自分の存在も消え、アオヤマ君と離れ離れになってしまうことです。自浄システムである彼女が本来抱いてはいけない感情なのですが、アオヤマ君と触れ合ううちに芽生えてしまったこの世への未練。『海』が消えるのを防ぐために、一番恐れているジャバウォックが具現化し、ペンギンを食べることで『海』が消えるのを防いでしまいます。お姉さんはそのことを理解しているので、アオヤマ君にジャバウォックの正体を聞かれたとき、少し困ったような照れたような顔をしてごまかしたのかなと思いました。

 繰り返しますがあくまで僕の想像です。公式読本や設定資料集に、公式の見解があるのかもしれないですね。

 

 

 原作と同じように、お姉さんは消えてしまうものの、アオヤマ君は気丈に振るまい、これからも努力し続けることを宣言して物語に幕が下ります。その爽やかなこと。悲しさも寂しさもぐっと飲み込み、アオヤマ君はひとつ大人に近づいて、この夏が終わるのですね。

 

 

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  原作がすごいオススメです。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

 

 

 

ペンギン・ハイウェイ 公式読本

ペンギン・ハイウェイ 公式読本

 

 

仕事には意志が必要だ

 僕と同じくゲーム業界で働いている知人と飲んでいるとき、新人の教育に手を焼いているという愚痴を聞きました。よくある話なのですが、3年目の自分にとっても考えさせられる話だったのでここに書いておこうと思いました。

新人君の仕事の姿勢

 ゲームソフトのホームページに掲載するゲーム画面の撮影を、その新人君は依頼されたそうです。ゲームを魅力的に紹介できるものというオーダーで、自分が良いと思ったところをあげてきてくれという指示でした。新人君があげてきた成果物を見て、どのような意図でこの画面を選んだのかを尋ねたところ、上手く答えられなかったそうです。別のシチュエーションでも、そのようなことが続くのだと残念そうに知人は語っていました。

 知人はあっと驚くような回答を求めていたわけありません。「このゲームではこの機能が一番の推しポイントだと思ったから」「このキャラが一番カッコイイと思ったので映える場面を撮った」などなど、拙くてもいいから新人君が考えたことを教えてほしいと尋ねても、それすら返ってこないとのこと。撮影するのがラクなところを選んだのではないかと知人は暗いトーンで言っていました。

 新人君の上司の仕事の振り方が悪かったのかもしれません(ちなみに知人は直接の上司ではない)。まだ新人なわけだし、これから訓練していけばよいと楽観的に捉えることもできます。しかし、これはけっこう致命的なのではと話していました。どうにかせねばと知人は頭を抱えていました。仕事を与えられたときに、自分なりに考えて自分なりの意図をもって成果物を仕上げるという姿勢、そして自分の仕事にできるだけ大きな価値をのせたいという姿勢は、教えてもらって身に着くものなのだろうかと。

自分のやりたいことが大事

 仕事を与える側・作る側になれないよねという話がさらに続きました。他の業界のことは置いておいて、ゲーム会社というのはゼロから新しいものを生み出すことを生業としている組織です。ゲームそのものでなくても、広告やイベント、僕がいまやっているグッズ制作も、すべてがアイディア勝負の企画の世界。先ほどの新人君が活躍できるビジョンが見えないと知人は嘆いていました。

 新人君の話題から仕事論の話になったのですが、「仕事をする上で自分のやりたいことって大事だよね」という知人の言葉が頭に残りました。これはつながっていると。

 新しい企画を提案するとき、「インスタが流行っているから」「メインターゲットが30代男性だから」などの根拠をもとに有効性を説明していくわけですが、企画の根底には「自分がこういうものを見たい、やりたいから」という意志があるべきだと思うのです。自分の仕事に意図を乗せられない新人君がその領域に踏み込める見込みは薄いなと感じました。

研究室時代からの転換

 かくいう自分も、そういう考え方に賛同するようになったのは最近です。理系の大学・大学院で教えてもらったことが、僕の物事を考えるときのベースになっているので、最初は相入れなかったのです。研究はデータがすべてで、当時はとにかく数字を良くすることに懸命になっていました。自分がやりたいからやる、なんていう独りよがりな行為は成果につながりません。データを解析し、原因を検証して、改善を積み上げていく世界でした。

 しかし、ビジネスをするうえで、何が成功か、どうすれば数字が良くなるのかは、わからないことが多いです。当てになるものが何もない世界。自分がやりたいから、というのは実はとても大きな道しるべになるということに気づきました。

 仕事を進めていく上でも、周りの人に協力をあおぐときは順序立ててロジカルに説明をすることが大事ですが、誰かが本当にやりたがっているということが最終的に人を動かすこともあります。あいつがやりたがっているから手伝うことにした、と言う人を何人も見ました。

 研究の世界でも、根幹には自分はこれがしたいという意志が必要だったのかなと最近思うようになりました。学生のときは教授から与えられたテーマを掘り進んでいけばよかったのですが、そもそもテーマを立てるときは、自分は何がしたいのかを良く考える必要があるはずなのです。「通信技術を向上させることによって人々の暮らしをもっと便利に豊かにしたい」とか、そういう根幹の部分が自分の中で固まっていないと、モチベーションが保てないし、何かトラブルがあったときにブレてしまうなと。

仕事の起点

 自分はこれがしたいという意志を起点に、仕事を考えてみるべきなのだなと思うようになりました。「企業は利益を追求するための組織」という定義に矛盾するところがいまだに引っかかってはいるのですが、現場レベルではそちらの考え方の方が大切なのではと。

 他社との共同プロジェクトに参加したとき、これは誰がやりたいものなのだ?とみんなが疑問に思っていたことがありました。一緒に何かをやるというところが出発点になっているので、何を成し遂げたいか意志を持っている人がいない状況。プロジェクトチームは形になっているものの、軸がぐらぐらしている感覚でした。

 逆に、社長の鶴の一声で動き出す仕事というのは、良いか悪いかは置いておいて軸がしっかりしています。社長がやりたいと言っているから、部下はそれを実現するために奔走する。最終ジャッジは社長が行う。社長のビジョンに共感できていれば明快な仕事になります。

 最近自分はグッズの企画を担当しています。何が売れるかを考えているわけですが、消費者の行動というのは一筋縄では読めません。そんなとき、自分はどんな商品が欲しいかを起点に考えるようにしています。仕事のモチベーションを保つうえでも、それが一番良いのではと最近思っています。

 知人は、せっかく仲間になったのだから、もう少し新人君の面倒を頑張ってみてみると言っていました。

 

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世界は誰かの企画でできている  

 しばらくの間ゲームの開発に携わっていたのですが、グッズの商品企画の部署に異動しました。どんなキャラを起用してどんな商品を作るのか、自分で考えてメーカーさんと協力しながら作り上げる仕事です。

 ゲーム会社のメインストリームの仕事ではないですが、ゲームの世界観の素晴らしさを形に残るモノとしてこの世に生み出すことはとても楽しいです。自分で考えて実行したことの結果がダイレクトに数字で跳ね返ってくる仕事です。商品が売れれば自分の評価に直結しますし、売れなかったときは言い訳ができません。

 毎回新しいもの、面白いものを提供していかねばなりません。仕事をしていないときも、常に次の商品のネタを探し求める毎日です。興味のないものの中にもヒントが眠っているかもしれません。

あれもこれも誰かの企画

 この部署に移ってから、街の景色が違って見えてきました。新しい商品のネタが埋まっている宝の山であると同時に、僕と同じように戦っている企画職の方々の血と涙の結晶の展示会だなと思うようになりました。

 この世界は、誰かが悩んで悩んで悩んで生み出されたもので溢れています。牛丼屋の新メニューも、アイドルを起用したコンビニのキャンペーンも、ソーシャルゲームのイベントも、何もかもが誰かがひねり出した”企画”です。僕と同じように毎日必死でネタ探しをして、なんとか実現までこぎつけた企画に囲まれて、僕らは生きているのです。

 

 企画をする人は目立つスターではありません。プロ野球選手でも医者でもミュージシャンでもなく、サラリーマンであることが多いです。不勉強だったので学生のころ「企画職」という単語を聞いたときに、それが何を指しているのかイマイチ掴めませんでした。自分自身で企画の仕事をするようになってようやく、企画職とはどんなことをする職種なのか、どんな面白さがあるのかわかってきました。

 まだこの世にないものが、人の頭の中からにょきっと出てくること。当たり前のように見えて、これは実はすごいことなのだなと認識を改めました。素敵な企画を目にすると、こんなことをよく思いついたものだと畏敬の念を抱くようになりました。

 見たことも聞いたこともないアイディアを生み出すという行為は、きわめて人間的な活動だなと思いせんか。企画をする前は何もないのです。全くのゼロから、イチが生み出される神秘。なんと単純で、なんと奥深い仕事なのでしょうか。

今日も明日も悩む

 自分で企画を担当してみると、楽しいと同時に恐ろしく苦しい作業でもあることを知りました。採用される企画の裏には、その10倍ぐらいの没案が沈んでいることがザラです。いざ採用されたとしても、この内容で本当に良いのだろうかという産みの苦しみと戦い、実施した結果が悪ければ自責の念で押しつぶされそうになります。

 いまはSNSで数多くの赤の他人の心の声を検索できるようになりました。自分の企画に対する反応を、よりダイレクトに聞ける時代です。結果が悪くても、自分の企画意図がずばり刺さったたった1つのツイートだけで、救われることもあります。(なのでエゴサで引っかかるようにつぶやいてくれると本当にありがたいです...)

 世界は誰かの企画ででてきています。今日も明日も全力で悩み、この世に新しいものを生み出していこうと思います。

 

 

けっこう前なのですが感動した企画はこれですかね。スプラトゥーンというゲームそのものもすごい企画ですし、バーチャルアイドルがライブを行うという企画もすごかったです。

 

  

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