理系院卒のネットワークなブログ

意外なところに「つながり」ってありますよね

ソシャゲのオート周回機能から未来が垣間見える

周回ゲームというフォーマットがソシャゲによく導入されます。”同じステージを何度も繰り返しプレイさせる動機を用意したゲーム”とでも定義されるでしょうか。ソシャゲ特有のスタミナ制度ととても相性が良く、細切れの時間に遊ばせることができるのでぴったりのシステムです。(もちろんソシャゲでないゲームにも取り入れられていることは多々あります)

 

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 最近僕が面白いなと思ったのは、(数年前から出ているのですが)オート周回機能がついたソシャゲをたくさん目にするようになったことです。オート周回している間、プレイヤーはほとんど操作をしません。もはやこれはゲームなのかと思ってしまうのですが、じっくり考えてみるとこれも立派なゲームなのだなと思いました。それが今回のトピックの1つ。

 そしてオート機能は徐々に高度なAIが搭載されていくと予想していて、AIとの付き合い方を考える材料になりそうだなと思ったのが2つ目のトピックです。(AIは意味が広い言葉なので適切な用法かは自信がないですが)

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 Brown Dustというゲームの周回補助機能。

 

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 一口に周回ゲームといっても、ソシャゲにはいろいろなジャンルがあります。例えばシューティングゲームアズールレーン

 アズールレーンでは自機を勝手に動かしてくれるオート機能があります。コンピュータが操作を代行してくれるのですが、人が普段行っているように、敵の位置から敵弾の起動を予測するような操作はしてくれません。敵の攻撃を避けるときもありますが逆に当たりにいくこともあります。一定時間ごとに使える強力な攻撃は、チャージがたまった瞬間に発射するという雑な設定になっています。

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 端的に言ってオートは下手くそです。しかしプレイヤーたちはオート機能と上手く付き合っています。その付き合い方が、実はけっこう未来的な事象なのではと思いました。

 第一に、オート機能の特性を理解してお膳立てをしてあげるという視点が生まれることが新しいなと思います。アズールレーンで言えば、オート周回用の装備を選ぶのです。追尾弾を装備すれば、狙いを付けるのが下手なオート操作中でも弾がヒットしやすくなります。自機は勝手に相手の弾に当たりにいってしまうことがあるため、スピードを速くするのはあまり効果的ではありません。それよりも、被弾してしまうことを前提にして防御力を高めるのが良いという発想になります。

 上記をカッコよく解釈すると、オート機能を司っているシステム(まだAIと呼べない代物なのでシステムとしておきます)を理解し、使いこなすという考え方が必要だということになります。いかにシステムを飼いならして周回を快適に行うか、という点が1つの立派なゲーム性になっていて、既存のゲームにはない新しい要素に見えるのです。

 第二に、そもそもプレイヤーはオート機能に周回をさせるか自分で操作するかを選ぶことができます。ロボットに仕事を任せるか、自分で手を下すかの判断をするわけです。システムの能力を正しく理解し、任せられることと任せられないことの見極めを行う必要があります。

 オート機能を使っている間、プレイヤーは他のことに時間を使えます。そのシステムをどのぐらい監督しておく必要があるかは、ゲームの性質やシステムの性能によって変わります。そういう見極めを行うというのも、今までにない新しい要素だなと捉えています。

 

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 AIがこれからどんどん身近になってくるでしょう。AIとの上手な付き合い方を身に着けておくべき時代になると僕は思います。AIのお膳立てをしてあげるという視点、AIに任せられる仕事を見極めるという視点は重要なものになるはずです。(もっとAIらしいオート機能があるゲームを僕がプレイできていれば、わかりやすい例を提示できたなあと思います。。。)

 AIは得体のしれないものではありません。ベースになっている機械学習の仕組みを知っていれば、意外と単純な原則のもとに動いているシステムだということがわかります。私は情報系の専攻だったので大学で勉強したのですが、多くの人はそうではないと思います。そこで、ゲームが貢献できる余地があるのかなと思いました。

 ゲームの中ではすでにシステムとして出来上がったAIのようなものに触れるわけで、仕組みに意識が向くわけではありません。しかしアズールレーンの例のように、実際の挙動に触れながらAIの得意不得意を掴むきっかけにできるのではないかと僕は思っています。

 幼少期からソシャゲに触れてきた次世代の人たちは、僕らとは違う感覚を持っているのかもしれません。とても面白い時代だなと思います。

 

 

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 ゲームが作っていく未来という意味ではこのへんも合わせてどうぞ。

 

 

実践フェーズに突入 最強のAI活用術

実践フェーズに突入 最強のAI活用術

 

 

【原作の良さ全開】映画評:ペンギン・ハイウェイ

 原作がすごく好きだったので気になっていた映画でした。予告編を見たときに、すごく映像がキレイで期待できそうだと感じたので見に行くことにしました。カナダ・モントリオールの第22回ファンタジア国際映画祭にて、最優秀アニメーション賞にあたる今敏賞(長編部門)を獲得したことも、映画館へ足を運ぼうと決意した一因になりました。

 期待を裏切らない素敵な映画に仕上がっていて、見に行って良かったなと思います。原作の良い所を存分に活かした内容に終始ニヤニヤしっぱなしでした。映像は美しく、ストーリーも原作に忠実にまとまっていました。

 もともと謎がすっきり片付くお話ではないため、「君の名は」のような大ヒットにはならなさそうだなと思っているのですが、見に行って後悔はない映画だと思います。

 

 

 

 

 

以降ネタバレします。

 

 

 

 

 

この映画の好きなところ

1.アオヤマ君とお姉さんの人物造形

 原作者の森見登美彦さんといえば、「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」など京都を舞台に、ちょっと変な登場人物と、独特の言葉遣いを用いて不思議な世界を描く作家さんというイメージをもともと持っていました。ペンギンハイウェイの原作を読んだとき、それらと全然違う舞台とテーマでありながら、登場人物と言葉遣いはやはり独特で、一瞬で引き込まれたのを覚えています。

 特にこの作品では、主人公のアオヤマ君がちょっと変わった男の子であるということがキモで、彼を雑に扱うとイヤミな天狗少年が主人公というイライラする映画になってしまいます。逆に、彼のキャラクターを丸くしすぎると、この作品の根幹が揺らぎます。この絶妙なバランスを、よくぞ見極めてくれたなと思いました。真面目すぎる性格と、あくまで小学4年生なのだという子供っぽさを、見事に両立させた人物像になっています。

 お姉さんの人物造形もすばらしく、普通の人だけど不思議なところがあるという、こちらもバランス感覚が求められるところを見事に描いています。ミステリアス全開というキャラではなく、あっけらかんとしていて表情も豊かで、子供っぽいところもあるけどアオヤマ君に対しては保護者のようなお姉さんっぷりを発揮します。蒼井優さんの演技と声がドはまりしていて惚れます。

2.キャラ同士の関係性

 アオヤマ君とお姉さんの関係は一言で言い表すことができません。

 アオヤマ君はお姉さんのことが好きで、自覚もあるのですが、あくまで小4の恋心なので、大人の恋愛感情とは少し違う未熟さがあります。お姉さんもアオヤマ君のことが好きなのですが、それも恋愛感情とは言えないもの。彼を子供として気遣い、見守る視線を優しく投げかけながらも、大人として尊重していることが伝わるような接し方を心掛けている。甘酸っぱくもあり、温かくもあるこの二人の世界を、見事に描いてくれました。

 アオヤマ君の両親の描き方も素晴らしかったです。研究熱心で、ときに無茶をするアオヤマ君を縛ることはしないし、過度に干渉もしない。アオヤマ君が困っていても、助けを求められるまでは手を差し伸べない。そのくせしっかり彼のことを見ている。息子が「ペンギンハイウェイ」という研究テーマをつけたときに、「いい名前だね」とメッセージを残せる父に僕もなりたいものです。

 ハマモトさんを絡めた三角関係もほほえましいです。ハマモトさんは賢くてけなげでとてもかわいい。お姉さんも、彼女の恋心に気づいていながら、彼女をライバルとして認めているのか、ライバルとしてアオヤマ君の隣は譲ろうとはしません。ほほえましいというのがぴったりな関係でした。

3.実験精神

 アオヤマ君の研究を、くだらない子供の遊びという描き方を一切しないのも好印象でした。理系の大学院を出た人間としてとても嬉しかったです。科学の発展は、アオヤマ君が持っているような純粋な好奇心から生まれてくるはずなのです。

 研究の進捗をノートにきちんとまとめているのも素晴らしい。自分がつけた記録を見返すことで、新しい発見の種が生まれてくる。メモを並べて何度も眺めることで、ある日急にエウレカが起きるというお父さんのアドバイスは、どんなことにも通ずるアイディアの生み方だと思います。

4.絵がキレイでかわいい

 予告の段階でもアピールされていましたが、素晴らしい映像美が堪能できる作品に仕上がっています。夏らしい爽やかな光の表現が印象的です。ただ綺麗なだけではなく、動きのあるシーンの疾走感もお見事でした。

 登場する生き物や小物がいろいろと可愛いのも良かったです。ペンギンのよちよち感が最高でした。

考察のようなもの

 原作を読んだとき、謎が謎のままで終わることに特に違和感はなく、すっきりとした読後感でした。このひと夏の経験を通して、アオヤマ君が成長していく様がとても心に染みたのを覚えています。

 いざ映像化されてみると、考察したくなってしまうのが人間の性なのかなと思いました。以下は僕の想像です。映画以外に根拠はありません。

 アオヤマ君とお父さんが喫茶店で会話していた内容に繋がっているとすると、『海』はこの世の果て(のような異世界)に繋がる穴ということになります。何かのきっかけで穴が空いてしまったようですが、何がきっかけで、なぜこの場所だったのかということはわかりません。

 お姉さんは、『海』を消す使命を帯びている存在です。『海』からエネルギーを得て活動しているため、『海』にトラブルが起きたときの自浄システムのようなものなのかなと思いました。『海』の中の世界に見覚えがあるのは、彼女はそこで形成されたから。『海』がこの世に現れたときに、もともと生きていた人間に憑依したのか、新たな存在として生まれてきたのかはわかりません。

 お姉さんはペンギンを生み出すことで『海』を消します。お姉さんがペンギン好きということで、良い働きをするものが好意的な存在として具現化したのかなと思いました。逆にお姉さんが怖い思いをしていると、彼女が恐れているものが具現化します。停電が起きたときに、頭に思い浮かべていた怖いものの代表であるコウモリが具現化してしまったように。

 そして、お姉さんが一番恐れているのが、『海』が消えて、自分の存在も消え、アオヤマ君と離れ離れになってしまうことです。自浄システムである彼女が本来抱いてはいけない感情なのですが、アオヤマ君と触れ合ううちに芽生えてしまったこの世への未練。『海』が消えるのを防ぐために、一番恐れているジャバウォックが具現化し、ペンギンを食べることで『海』が消えるのを防いでしまいます。お姉さんはそのことを理解しているので、アオヤマ君にジャバウォックの正体を聞かれたとき、少し困ったような照れたような顔をしてごまかしたのかなと思いました。

 繰り返しますがあくまで僕の想像です。公式読本や設定資料集に、公式の見解があるのかもしれないですね。

 

 

 原作と同じように、お姉さんは消えてしまうものの、アオヤマ君は気丈に振るまい、これからも努力し続けることを宣言して物語に幕が下ります。その爽やかなこと。悲しさも寂しさもぐっと飲み込み、アオヤマ君はひとつ大人に近づいて、この夏が終わるのですね。

 

 

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  原作がすごいオススメです。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

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ペンギン・ハイウェイ 公式読本

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仕事には意志が必要だ

 僕と同じくゲーム業界で働いている知人と飲んでいるとき、新人の教育に手を焼いているという愚痴を聞きました。よくある話なのですが、3年目の自分にとっても考えさせられる話だったのでここに書いておこうと思いました。

新人君の仕事の姿勢

 ゲームソフトのホームページに掲載するゲーム画面の撮影を、その新人君は依頼されたそうです。ゲームを魅力的に紹介できるものというオーダーで、自分が良いと思ったところをあげてきてくれという指示でした。新人君があげてきた成果物を見て、どのような意図でこの画面を選んだのかを尋ねたところ、上手く答えられなかったそうです。別のシチュエーションでも、そのようなことが続くのだと残念そうに知人は語っていました。

 知人はあっと驚くような回答を求めていたわけありません。「このゲームではこの機能が一番の推しポイントだと思ったから」「このキャラが一番カッコイイと思ったので映える場面を撮った」などなど、拙くてもいいから新人君が考えたことを教えてほしいと尋ねても、それすら返ってこないとのこと。撮影するのがラクなところを選んだのではないかと知人は暗いトーンで言っていました。

 新人君の上司の仕事の振り方が悪かったのかもしれません(ちなみに知人は直接の上司ではない)。まだ新人なわけだし、これから訓練していけばよいと楽観的に捉えることもできます。しかし、これはけっこう致命的なのではと話していました。どうにかせねばと知人は頭を抱えていました。仕事を与えられたときに、自分なりに考えて自分なりの意図をもって成果物を仕上げるという姿勢、そして自分の仕事にできるだけ大きな価値をのせたいという姿勢は、教えてもらって身に着くものなのだろうかと。

自分のやりたいことが大事

 仕事を与える側・作る側になれないよねという話がさらに続きました。他の業界のことは置いておいて、ゲーム会社というのはゼロから新しいものを生み出すことを生業としている組織です。ゲームそのものでなくても、広告やイベント、僕がいまやっているグッズ制作も、すべてがアイディア勝負の企画の世界。先ほどの新人君が活躍できるビジョンが見えないと知人は嘆いていました。

 新人君の話題から仕事論の話になったのですが、「仕事をする上で自分のやりたいことって大事だよね」という知人の言葉が頭に残りました。これはつながっていると。

 新しい企画を提案するとき、「インスタが流行っているから」「メインターゲットが30代男性だから」などの根拠をもとに有効性を説明していくわけですが、企画の根底には「自分がこういうものを見たい、やりたいから」という意志があるべきだと思うのです。自分の仕事に意図を乗せられない新人君がその領域に踏み込める見込みは薄いなと感じました。

研究室時代からの転換

 かくいう自分も、そういう考え方に賛同するようになったのは最近です。理系の大学・大学院で教えてもらったことが、僕の物事を考えるときのベースになっているので、最初は相入れなかったのです。研究はデータがすべてで、当時はとにかく数字を良くすることに懸命になっていました。自分がやりたいからやる、なんていう独りよがりな行為は成果につながりません。データを解析し、原因を検証して、改善を積み上げていく世界でした。

 しかし、ビジネスをするうえで、何が成功か、どうすれば数字が良くなるのかは、わからないことが多いです。当てになるものが何もない世界。自分がやりたいから、というのは実はとても大きな道しるべになるということに気づきました。

 仕事を進めていく上でも、周りの人に協力をあおぐときは順序立ててロジカルに説明をすることが大事ですが、誰かが本当にやりたがっているということが最終的に人を動かすこともあります。あいつがやりたがっているから手伝うことにした、と言う人を何人も見ました。

 研究の世界でも、根幹には自分はこれがしたいという意志が必要だったのかなと最近思うようになりました。学生のときは教授から与えられたテーマを掘り進んでいけばよかったのですが、そもそもテーマを立てるときは、自分は何がしたいのかを良く考える必要があるはずなのです。「通信技術を向上させることによって人々の暮らしをもっと便利に豊かにしたい」とか、そういう根幹の部分が自分の中で固まっていないと、モチベーションが保てないし、何かトラブルがあったときにブレてしまうなと。

仕事の起点

 自分はこれがしたいという意志を起点に、仕事を考えてみるべきなのだなと思うようになりました。「企業は利益を追求するための組織」という定義に矛盾するところがいまだに引っかかってはいるのですが、現場レベルではそちらの考え方の方が大切なのではと。

 他社との共同プロジェクトに参加したとき、これは誰がやりたいものなのだ?とみんなが疑問に思っていたことがありました。一緒に何かをやるというところが出発点になっているので、何を成し遂げたいか意志を持っている人がいない状況。プロジェクトチームは形になっているものの、軸がぐらぐらしている感覚でした。

 逆に、社長の鶴の一声で動き出す仕事というのは、良いか悪いかは置いておいて軸がしっかりしています。社長がやりたいと言っているから、部下はそれを実現するために奔走する。最終ジャッジは社長が行う。社長のビジョンに共感できていれば明快な仕事になります。

 最近自分はグッズの企画を担当しています。何が売れるかを考えているわけですが、消費者の行動というのは一筋縄では読めません。そんなとき、自分はどんな商品が欲しいかを起点に考えるようにしています。仕事のモチベーションを保つうえでも、それが一番良いのではと最近思っています。

 知人は、せっかく仲間になったのだから、もう少し新人君の面倒を頑張ってみてみると言っていました。

 

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その他仕事の話。 

 

 

 

世界は誰かの企画でできている  

 しばらくの間ゲームの開発に携わっていたのですが、グッズの商品企画の部署に異動しました。どんなキャラを起用してどんな商品を作るのか、自分で考えてメーカーさんと協力しながら作り上げる仕事です。

 ゲーム会社のメインストリームの仕事ではないですが、ゲームの世界観の素晴らしさを形に残るモノとしてこの世に生み出すことはとても楽しいです。自分で考えて実行したことの結果がダイレクトに数字で跳ね返ってくる仕事です。商品が売れれば自分の評価に直結しますし、売れなかったときは言い訳ができません。

 毎回新しいもの、面白いものを提供していかねばなりません。仕事をしていないときも、常に次の商品のネタを探し求める毎日です。興味のないものの中にもヒントが眠っているかもしれません。

あれもこれも誰かの企画

 この部署に移ってから、街の景色が違って見えてきました。新しい商品のネタが埋まっている宝の山であると同時に、僕と同じように戦っている企画職の方々の血と涙の結晶の展示会だなと思うようになりました。

 この世界は、誰かが悩んで悩んで悩んで生み出されたもので溢れています。牛丼屋の新メニューも、アイドルを起用したコンビニのキャンペーンも、ソーシャルゲームのイベントも、何もかもが誰かがひねり出した”企画”です。僕と同じように毎日必死でネタ探しをして、なんとか実現までこぎつけた企画に囲まれて、僕らは生きているのです。

 

 企画をする人は目立つスターではありません。プロ野球選手でも医者でもミュージシャンでもなく、サラリーマンであることが多いです。不勉強だったので学生のころ「企画職」という単語を聞いたときに、それが何を指しているのかイマイチ掴めませんでした。自分自身で企画の仕事をするようになってようやく、企画職とはどんなことをする職種なのか、どんな面白さがあるのかわかってきました。

 まだこの世にないものが、人の頭の中からにょきっと出てくること。当たり前のように見えて、これは実はすごいことなのだなと認識を改めました。素敵な企画を目にすると、こんなことをよく思いついたものだと畏敬の念を抱くようになりました。

 見たことも聞いたこともないアイディアを生み出すという行為は、きわめて人間的な活動だなと思いせんか。企画をする前は何もないのです。全くのゼロから、イチが生み出される神秘。なんと単純で、なんと奥深い仕事なのでしょうか。

今日も明日も悩む

 自分で企画を担当してみると、楽しいと同時に恐ろしく苦しい作業でもあることを知りました。採用される企画の裏には、その10倍ぐらいの没案が沈んでいることがザラです。いざ採用されたとしても、この内容で本当に良いのだろうかという産みの苦しみと戦い、実施した結果が悪ければ自責の念で押しつぶされそうになります。

 いまはSNSで数多くの赤の他人の心の声を検索できるようになりました。自分の企画に対する反応を、よりダイレクトに聞ける時代です。結果が悪くても、自分の企画意図がずばり刺さったたった1つのツイートだけで、救われることもあります。(なのでエゴサで引っかかるようにつぶやいてくれると本当にありがたいです...)

 世界は誰かの企画ででてきています。今日も明日も全力で悩み、この世に新しいものを生み出していこうと思います。

 

 

けっこう前なのですが感動した企画はこれですかね。スプラトゥーンというゲームそのものもすごい企画ですし、バーチャルアイドルがライブを行うという企画もすごかったです。

 

  

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その他仕事のこと

 

 

この本にはお世話になっています 

アイデア大全

アイデア大全

 

 

異様に忙しかった期間を乗り切ってほっと一息

 6月末が納期の仕事を抱えていて、ここ1か月ぐらい非常に忙しい毎日を送っていました。その仕事が一段落して、ほっと一息つきながらこの文章を書いています。

 振り返ってみると働き過ぎで危険な領域に足を踏み入れていたように思います。自分はこういう風になってしまうのだなというのが興味深かったので、書いておこうかなと思います。会社に不満があるわけではないので、訴訟の材料にしたいわけではありません。 


 

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 業務量が多くて退社が深夜になる日が続きました。朝から晩まで仕事に追われ、次から次へとやるべきことをこなし、気付いたらお昼ご飯を食べるタイミングを見失っていることもしばしばでした。

 春に異動したばかりなので、仕事のやり方がしっかりと理解できておらず、知らないことにぶつかることも多かったです。そのたびに上司に聞きにいかねばならず、時間をとられましたし、誰かに教えを乞うことによる多少の心理的負担が積み重なりました。

 納期に間に合わせるために社内の手続きを短縮しなければならず、関係部署には多大なる迷惑をかけました。部署間に溝があるわけではなく事情を察して調整してくれる職場ではあるのですが、迷惑をかけていることには変わりはなく、怒られることもありました。とにかくぺこぺこ謝るしか僕にできることはありませんでした。

 休日出勤だけはしませんでした。ただ、結婚式や遊びの予定がたまたま多く入ってしまって、気が休まる時間があまり取れなかったのも良くなかったように思います。趣味に回せる時間が極端に減りました。

 上司が自分のことを気遣って心配してくれているのは心の支えでした。業務を進める上でもかなり守ってもらいました。この状態で上司に厳しく当たられていたら、さすがに折れていたかもしれません。

 

 

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 7月に入って一区切りついてみると、緊急事態だったのだなと思うことがいくつかあります。

 まず、忙しいころは食欲が落ちていたのだなと気づきました。最近やたらとお腹がすくので、昼ごはんも夕食もきちんと取るようにしているのですが、忙しい時期は食べなくても平気でしたし、そもそも何かを食べたいという欲求自体が減退していたように思います。一日の摂取カロリーが明らかに基礎代謝を下回っているような日もありましたが、短期間なら意外となんとかなってしまうのだなと、いまになって驚いています。

 睡眠時間を減らしても、短期間なら仕事に支障が出ないのだなというのも発見でした。帰宅時間が遅くなっていたため、眠りにつく時間が遅くなっていました。しかし朝起きたときに、眠気よりも納期が迫ってくる焦りが勝ってしまい、目がしっかり覚めてしまっていました。最近はやたらと眠いです。朝起きたくないし、昼に居眠りしそうになることもあります。張りつめていたものが緩んでいるのでしょうね。ついでにですが性欲も落ちているようでした。

 

 

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 重い仕事の納期が重なっているタイミングがあるので、今後さらなる山場がくることが確定しています。ここでこうやって振り返っておくことで、無事に乗り切るための糧にしたいところです。

 体のいろいろな部分で異常が出ていたのは、ストレスが主要因だったと思います。忙しい中でも運動をしっかりして、ストレスを発散するべきだなと思いました。6月は一回もジムにいけなかったので。

食事にも気を付けたいです。ただでさえ実家から出てきて食事の栄養バランスが崩れているのに、食べる量も減ってしまっているのが本当によくなかったと思います。お金がかかったとしても、健康的な食事をとるようにしたいです。

そして良く眠ること。睡眠時間が減ってしまうのなら、せめて寝る前はスマホやPCを見ないようにして、睡眠の質を上げたいです。

 

 

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  最近この本を読みました。人間の幸せとはなんなのだろうと考えさせられました。今回書いたみたいに社畜的に過ごすよりは、狩猟採集の時代の方が幸せだったのではないかと。。。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

  

 

 こういう文章を4月に書いていましたね。このころは多少余裕がありました。 

 

 自分は内向型人間なので他部署の人に迷惑をかけてまで謝るということがかなりストレスなのです。 

 

 

【支配から自由へ】映画評:ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー

  ハン・ソロスターウォーズ・ストーリーズを観てきました。本国アメリカでは興行成績が振るわず、評判は芳しくありません。

 僕個人としても、同じスピンアウト作品である「ローグワン」比べると見劣りしてしまう作品だなというのが正直な印象です。スターウォーズ作品の1つであるということと、ローグワンがすごく気に入ったことが相まって、期待をしすぎたかなと思いました。迫力のアクションシーンと最後まで気が抜けない展開は、映画としては一級品だと感じました。キーラさんがとても美しかったです。

 以降ではネタバレをしながら思ったことを書いていきます。

 

 

 

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支配から自由になること

 今作にテーマを1つ設けるなら、「支配から脱出して自由になること」なのかなと思いました。終盤でキーラが言う「人はみな誰かに従っている・支配されている」というような趣旨の発言が一番印象に残っています。ソロがチューバッカに自由になりたいかと尋ねるシーンも印象的でした。

 作中において、主人公のハン・ソロの行動の動機は、劣悪な環境の惑星コレリアから脱出することでした。脱出の途中で恋人のキーラと離れ離れになってしまったせいで、彼女を助け出すことに変わり、さらにキーラと偶然再会したのちは、キーラを自由にすることに変わります。自由になりたい、自由にしたいと願う若者の物語でした。

 この作品の時間軸は、エピソード3と4の間。ジェダイがほぼ全滅し、帝国の力が強まっている時代です。いたるところに搾取と抑圧がはびこり、支配を受ける者がたくさん描かれています。

 故郷にいるときのソロはレディ・プロクシマに支配されていました。彼は帝国軍に入ると軍律に支配されるようになり、奴隷として支配を受けているチューバッカに出会います。ケッセルで鉱石採掘をしている作業員たちはソロたちの活躍で自由の身になり、L3-37はドロイドの自由と権利を主張します。盗賊団エンフィス・ネストは帝国の抑圧に反乱を企てていました。支配と自由が繰り返し描かれていきました。

 支配を受けていることに対して諦めて折り合いをつけているキーラと、そこから助け出したいと思っているソロのすれ違いは見ていて悲しいものがありました。エピソード4,5,6では自由で気ままな宇宙の荒くれものとして活躍したハン・ソロにこんな過去があったとは皮肉なものです。逆に、この経験があったからこそ、彼は何にも属さず一匹狼として賞金稼ぎをしていたのかもしれません。彼の原点を知れる物語でした。

ソロは勝ったのか、負けたのか

 キーラを助け出したい、一緒になりたいと願って一生懸命になっている若き日のハン・ソロ。最終的に彼の願いは届かず、彼は負けたことになります。

 しかしこの作品では、その敗北に対して打ちひしがれたり、涙を流すソロが描かれることはありませんでした。ましてや、ラストはミレニアムファルコンを手に入れて、意気揚々ジャバザハットのもとに向かうシーンで幕を閉じます。いかにもハッピーエンドのような終わり方。それで良いんだっけ?という違和感が残りました。

 もちろん、原作を見てきたファンは知っています。ソロはレイアという新しい恋人を手に入れ、そこにキーラの姿も影も一切ありません。この作品では、ソロはミレニアムファルコンとチューバッカという相棒を手に入れるということ以外に、エピソード4に繋がる事実はないので、最後のシーンはアレで完璧です。でもでも、1つの映画作品としてそれで良いのかという疑問が残りました。

 キーラはソロを裏切ったものの、彼のことを想って何度も助けてくれています。そんな彼女がなぜ最後に船をひとりで発進させてしまったのか、それをソロは深く考えるべきではなかったのか、と。

映画として分かりやすい構造ではない

 上で書いたようにソロの行動原理はキーラを助けたいということだったので、この作品での敵キャラはキーラが使えているドライデン・ヴォスということになります。だけどドライデンはソロに仕事を与えた雇い主であるため、明確に主人公と対立する悪役キャラにはなりません。しかもドライデン自身も大きな組織の一員であることが再三語られるため、何が真の敵なのか直観的につかみにくい構造になっています。

 ローグワンも含め、スターウォーズシリーズでは帝国が倒すべき悪としてわかりやすく描かれるため、正義と悪の関係性を掴みやすいです。この作品はその点が異質で、今までと違う印象を受けました。

 敵がはっきりしないため、起承転結も明快ではありません。アクションで一番すごいなと思ったのは氷の惑星の列車の上での戦いだったのですが、ストーリーラインで言えばあのシーンはそれほど重要な場面ではありませんでした。どこが一番の盛り上がりポイントなのかが掴みにくい作品でした。

 いろいろ理由はあると思いますが、本国の興行成績が振るわない理由の1つに、そもそも映画として分かりやすく面白いものになっているかどうかという観点があるのかなと思いました。1本の映画としては、僕はちょっとイマイチだったかなと。

スターウォーズシリーズの一作品として

 この作品で描かれているのは、ハン・ソロがいかにしてハン・ソロになったのか、というところであって、本筋に直接的に影響を与えるものではありませんでした。一方ローグワンでは、デススターの設計図を入手するという非常に重要な作戦が描かれていたため、失敗してはならないという緊張感をびしびし感じました。ハン・ソロはそういう緊張感に欠けた物語だったなと思います。彼のキャラクターに合っているとは言えるのですが。

 ただ、キーラとダースモールの関係をなぜ最後にあえてほのめかしたのか、というところは今後に期待したいところです。意味のないシーンにわざわざ時間をつかうなんてことはしないはず。どこかでこの伏線が回収されることを祈ります。

 ネットで見つけた仮説ですが、キーラはフォースの素質をダースモールに見いだされ、最終的にエピソード7,8,9のレイの母親になるという説は面白いなと思いました。ソロと離れ離れになっていた3年間、フォースの暗黒面の修行を受けていたから真実を告げられなかった、と。

 スピンアウトが本筋に関係してくるとは思えないので、ファンの妄想に過ぎないとは思いますが、頭の片隅においておこうかなと思います。

 

 

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再三語りましたがローグワンの感想はこちらです。 

 

 ついでにエピソード7と8も。

 

 

 

ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー オリジナル・サウンドトラック

ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー オリジナル・サウンドトラック

 

 

27歳。第一次結婚ラッシュがきた

今年で27歳になります。6月は結婚式に呼ばれることが多かったです。毎週のようにスーツを持って地元に帰りました。結婚ラッシュが僕の周辺にやって来たようです。

 大学卒の人で社会人5年目。大学院卒で社会人3年目。生活の基盤が固まってきて、結婚に踏み切る人が多いのでしょう。特に、学生時代から付き合っていたカップルがめでたくゴールインというケースが目立ちます。(正確に言うと高卒で就職した人たちの結婚ブームがあったのですが、残念ながらコミュニティが違ってそれを肌で感じることはありませんでした。)

 学生時代の1つのコミュニティの中で出会った男女が付き合って、結婚まで至る。なんと幸せなことなのでしょうか。一片の曇りもない幸せで満ち溢れた結婚式は、とてもとてもまばゆいものでした。同じコミュニティに属していた自分は、新郎新婦両方と知り合いで、両方の物語を知っている分、彼らが結婚という1つの節目を迎えたことを本当に心から嬉しく思いました。

 

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 さて、目の前でゴールインをしているあのカップルがお付き合いを始めたとき、同じコミュニティにいた自分も、構成員のひとりと付き合っていました。たしかに、そのはずです。妄想ではありません。彼らがこうやって節目までたどり着いているのに対して、自分は何をしているのでしょうか。

 彼らが成し遂げたことを、自分はできなかった。何故だろうという問いかけが、心の片隅に巣食っているのをのぞき込みます。自分に何か欠陥があるのではないかと、不安に苛まれる瞬間、ふと立ちすくんでしまいます。

 

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 この不安を解消するためには、将来をお互いに約束できる相手を見つけさえすればよいはずです。しかし、仕事が僕の目の前に、大きな壁となって立ちふさがります。ソイツを言い訳に、僕は出会いを探す努力を怠っています。このままじゃいけないと思うものの、仕事で疲れ切った自分に、一歩踏み出すためのきっかけを探すエネルギーはありません。

 地方から東京に出てきたものだから、交友関係の地盤も貧弱。かといって社内はリスキー。言い訳をならべて、勝手に八方ふさがりの気分に浸ってしまっています。

 

 さてさて僕の将来はどうなるのでしょう。結婚式ラッシュの中でふと考えてしまいました。この文章が、僕の黒歴史になる日が来ることを祈っています。

 

 

そういえば、大企業の内々定を蹴り飛ばしてベンチャーっぽい会社に就職することを研究室の教授に告げたら、「そんな会社じゃ結婚できないよ」と言われたことを思い出しまして。あの人を見返せない。

 

 

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 あと、結婚式のシーンから始まる物語も思い出しました。大好きな作品です。

肩ごしの恋人 (集英社文庫)

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