理系院卒のネットワークなブログ

意外なところに「つながり」ってありますよね

通信料・ケータイ料金が値下げ「できる」のっておかしくないか?

 ケータイ料金値下げの議論が巻き起こっていますが、通信3社がそんなことをできるのってちょっとおかしくないかと思ったので書いてみます。

モバイルトラフィックの増加

 下のグラフは全世界のモバイルトラフィック量の予測を表したものです。トラフィックとはインターネット上を流れるデータ量だと思ってください。

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 このデータはシスコシステムズというアメリカの通信会社が毎年発表しているものです[1]。グラフを見ていただければ一目瞭然ですが、ものすごい勢いでデータ量は増加しています。2014年と2019年を比べると約10倍になっています。その原動力となっているのはビデオ、つまりインターネットでの動画配信です。youtubeの普及が大きな要因となっているのでしょう。

 シスコだけでなく、フランスのアルカテル・ルーセントという通信会社も同様のデータを出しています。メトロエリア(コアネットワークよりもユーザに近い部分)のトラフィックは2012年から2017年の5年間に560%増加するだろうと予測しています[2]。

 このトラフィック増加のスピードが落ち着くことは当分ないだろうと言われています。理由はたくさんありますが、ここでは単純な理由を3つ挙げておきます。

 1つ目の理由は、現在の動画主体のトレンドがしばらくは続くことです。日本の話になってしまいますが、サイバーエージェントが動画サービスに積極的に投資するというニュースが報じられたように、webサービスは動画の全盛期です。SNSでも動画。広告も動画です。

 2つ目は、クラウド型のサービスがスタンダードになりつつあるということです。クラウドでデータを管理する人はもっともっと増えるでしょうし、法人向けサービスも拡大するでしょう。クラウドの実体は大規模なデータセンターです。端末がデータセンターとやり取りするときは、当然インターネットを介して通信を行います。このデータ量がどんどん増えてくるということです。この話は[2]でも詳しく触れられています。

 3つ目は将来のトレンドとして、IoTの時代がくることです。人間がコンピュータを操作して発生させるトラフィックの他に、マシンがマシンとやり取りするデータもインターネットに流れ込んできます。ウェアラブル端末が寝ている間にクラウドと情報をやりとりして健康状態を記録したり、農園に備え付けられた無数のセンサーが作物の状態をリアルタイムで監視したりする時代がくるでしょう。工場のオートメーション化も進みます。車もインターネットに繋がるかもしれません。ひとつひとつのデータは小さくても、IoTのトラフィックはとにかく発生源が多いのです。動画に勝るとも劣らないリソースを必要とするでしょう。

設備コストの上昇

 データ量が5年で10倍になったとき、今のままの設備で耐えられるでしょうか。おそらく無理ですよね。単純に考えれば通信設備の増築は必須です。

 ネットワークのコアな部分は光ファイバーで情報を伝送しています。光ファイバーの原料はガラスですが、光信号の減衰を抑えるために様々な工夫がなされた技術の結晶です。安価なものではありません。新たに光ファイバーを敷設する際は、地中に埋めたり、海底に沈める必要があります。敷設するのにもコストがかかります。

 ネットワークのエッジ(端)の部分は基地局です。モバイル端末用のトラフィックに関しては、基地局まで光ファイバーでデータを運び、最後は無線で飛ばしています。トラフィックが増えた時、アンテナは今の数で足りるでしょうか。そもそも基地局を増やさなければならないかもしれません。

 ネットワークは中継部分に資源が必要です。名古屋にある中継機器は、東京から来たデータを大阪に送るのか、京都に送るのか、三重に送るのかを判断しなければなりません。今よりも繋がっている光ファイバーの本数を増やそうと思ったら、もっと大きなスイッチに取り替えなければならなくなるかもしれません。そうなったら、もっと大きな建物が必要になるかもしれませんし、消費電力だって上がるでしょう。

 通信データ量の増加はコストの増加です。当然です。通信にもリソースが必要なのです。コスト増大が経営を逼迫する様を黙って見ているわけにもいかないので、新たな通信方法の研究開発を行うのですが、当然研究するにもお金が必要です。 

 通信ネットワークがインフラとしての重要性を増せば増すほど、ネットワークを維持するための経費は増えます。普通に考えるとサービス料金はどんどん上がっていくはずなのですが、総務省が発表しているデータ[3]によると今のところそうなってはいません。需要が大きくは変わらない電気・水道・ガスとは根本的に違うと思うのです。

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画像:http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc255250.htmlより

なぜ、値下げできるの?

 そんな中、政府主導でケータイ料金を値下げしようという動きが出てきました。

 それに対して真っ先に反対しそうなこの人が、まさかの前向き回答を表明しました。驚きました。

 消費者としてはものすごくありがたいです。当然嬉しいものは嬉しいです。しかし上で僕が書いてきたことを鑑みると、なぜ値下げが可能なのかが分かりません。現状維持をするだけでお金がかかるのです。将来のトラフィックに対応できるように準備を進める必要だってあります。入ってくるお金を減らしたら辛いでしょう。通信料を引き下げるなんて、一体どこにそんな余裕があるのでしょう……

 

 とまあ、ここまで威勢よく書いてきましたが、通信3社が何を考えているかは分からないのでこれ以上は掘り下げられません。

 「当然、将来のトラフィック増加を織り込んで料金を設定している」「そもそもトラフィックが増えたところで痛くも痒くもない」「新技術の導入予定がある」「他の事業と合わせてトータルで管理しているので問題ない」「企業努力をする」「お客様が第一だ」などなど、もっともらしい理由を言われてしまえばそれまでなのです。

 でも、やっぱり不思議なものは不思議だと思いませんか。3社とも2年縛りなどというわけのわからない制約を作って違約金を稼いでいます。そうまでしてお金を取らないとマズい状況なのかと思えば宣伝広告にはじゃんじゃんお金を使っています。安い会社のSIMカードの料金と大きな開きがあるのも事実です。市場を独占できていることをいいことに、3社で価格調整をしていると疑われてもおかしくない状況です。いざ政府がメスを入れようとすると、ホイホイと値下げを検討するのです。十分な企業努力をしているなら下げられる余地なんてないでしょう。

 そろそろ筆を置きます。情報強者は格安SIMを使うだとか、市場を独占したものが暴利を貪るだとか、そういう方向に議論を発展させるつもりはありません。なんとなく、不思議だなぁと思ったので書いてみました。値下げができるクリティカルな理由が分かる人はぜひ教えてください。興味があります。

 

 

参考資料

[1] http://www.cisco.com/web/JP/solution/isp/ipngn/literature/white_paper_c11-520862.html

[2] Metro Network Traffic Growth: An Architecture Impact Study(PDFです)

[3] http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc255250.html

 

その他、勉強のために書いたこと。